八千代鮨

八千代鮨は昭和32年に創業しました 神楽坂本多横丁で頑固に江戸の味を守っています

TEL.03-3260-6389

〒162-0825 東京都新宿区神楽坂3-1

ブログ

八千代鮨60年の歩み(修業時代 その1)

喪中につき年頭のご挨拶を失礼させて頂きます

かねてより病気療養中の八千代鮨初代 齋藤 幸行 が令和元年10月28日に84歳にて永眠いたしました
ここに平素のご芳情に厚く御礼申し上げますとともに明年も変わらぬご厚誼のほど謹んでお願い申し上げます

なお 皆様のお年始の書き込みは毎年楽しみにしています 例年どおり「いいね!」を付けさせて頂きますことをお許しください
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八千代鮨の初代 齋藤幸行(ゆきつら)は群馬県甘楽郡秋畑の農家の10人兄弟姉妹の6番目として昭和9年11月に生まれました。
当時 長男以外は18歳になると家を出る決まりがあり、昭和28年2月に上京しました。
当日は東京も大雪で、クルブシまで浸かるほど積もっていたそうです。当初は先に上京していた親類を頼りに東京に出てきましたが、縁あって目黒の「だるま鮨」さんにお世話になることになったそうです。

父は新しいものが好きで、当時としては珍しくカメラを持っていました。その為たくさんの写真が残っています。その写真をご覧いただきながら、八千代鮨60年の歩みを振り返っていきます。

目黒のだるま鮨さんで修行中の写真です。

当時のエピソードとしてオヤジが良く言っていたのが、少し握れるようになったときの事です。
常連のお客様が「握ってくれ!」とオヤジに言ました。
オヤジは親方の許可をもらってツケ台に立ち「何にしましょうか?」と伺いました。
するとお客様は「アンチャンの得意なものを頼む!」と注文されました。
少年だったオヤジは一生懸命得意なものをお出ししました。
するとその常連さんは「来た早々に、アンチャンが俺に帰れと言ってるぞ!」と笑いながら親方に向かって言ったそうです。

当時のオヤジが一番得意だったのが海苔巻きだったのです。そこで頑張って精一杯の「かんぴょう巻」を出したそうです。
昔は鮨屋でかんぴょうを注文するのは「ごちそうさま!」を意味しました。来店された常連さんにいきなり「かんぴょう巻」を出した落語のような親父の失敗話の一つでした。


こちらの写真は昭和28年当時の目蒲線目黒駅の駅前です。

当時は街中を進駐軍のトラックが走り回っていたそうです。雅叙園観光ホテルにも進駐軍が宿泊していて、米軍のお客様もよく来たそうです。
「進駐軍にはワサビを入れるな!」と親方から言われていたそうです。敵国に来ている兵士が、味わった事が無いワサビのツンとした刺激を毒を盛られたと勘違いするのだそうです。

少し鮨屋に慣れてきた頃のオヤジの自慢話です。目黒駅前に「ドレメ」と言う服飾学校があります。そこに通うお嬢様を10人ぐらいカウンターに座らせて、それぞれお好みの鮨を注文してもらい一人で握って出したそうです。それを一人ひとりの金額を覚えていて言えたそうです。どこまで本当かはわかりませんが・・・

目黒の「だるま鮨」さんには昭和32年までお世話になりました。

次に続く(予定です)

第3回いきな寄席を行いました

秋の穏やかな一日、吉例の「いきな寄席」を行いました。
今回は神楽坂で開催されていました「まち飛びフェスタ」とのコラボ企画ということもあり沢山の落語ファン・神楽坂ファンの方々にご来場いただきました。

まち飛びフェスタのHPを開きます

小さな落語会ですが、今後も大切に育てていきたいと思っています。
今後ともよろしくお願いいたします。

こちらから 第3回「いきな寄席」の まくら をお楽しみください

第3回いきな寄席

台所おさん

季節も秋めいて来ました。
毎回ご好評をいただいております「いきな寄席」も3回目を迎え今回も下記の要領で開催することになりました。
皆様のご来場を心よりお待ちいたしております。

日時:令和元年11月2日(土) 午後4時 開場(4時半開演)
木戸銭:5,000円(鮨・酒つき)
ご予約・お問合せ:八千代鮨 03-3260-6389
#いきな寄席 #台所おさん

東北に行ってきました

今年もお盆休みを利用して東北に行ってきました。

野蒜駅

ここは「震災復興メモリアルパーク」として整備されていました。
駅舎とプラットホームが保存されています。

最後の写真は高台に移設された野蒜駅の新駅舎です。
実は最初にナビに案内されたのはこちらでした。ここから「旧野蒜駅」を検索し直し、目的にに到着しましたが、駅舎も駅周辺も周辺道路もキレイに整備されて、被災当時の面影は無くなっています。


以下の場所は、いずれも8年が経過してきれいに整地されています。
しかし写真やジオラマを見ると、震災前には街があったことがわかります。
模型や写真と現在の状況を見比べると言葉を失います。

日和山公園

がんばろう!石巻

大川小学校


ブライダルパレス高野会館

こちらは初めて訪れました。めずらしい民間震災遺構で、327人と犬2匹の命を救った建物として保存されています。


石巻魚市場

こちらは石巻の地方卸売市場として再整備されました。


陸前高田

かさ上げ地区の中心地は、ショッピングモールの「アバッセ高田」を中心にして店舗や飲食店の入居が建ち始めました。大規模な建設も着々と進んでいるようです。

JR陸前高田駅は鉄道では無くバスターミナルとして整備されました。

しかし、周辺の住宅地は入居が進まず、未だ広大な空き地が広がっています。


鶴亀鮨

さて、目的地の「鶴亀鮨」さんです。お盆の時期で忙しく働いていました。今年もナイアガラで祝福されて感激です!
ごちそうさまでした。また遊びに来ます。


広田湾

台風10号の接近により天気も良くなく、時間も遅かったのでイシカゲ貝(石垣貝)の生産者さんたちは居ませんでした。今年もおいしい貝をありがとうございます。


ペンション七ツ森family

今年は初の試みで猪苗代湖近くのペンションに泊まります。実は、ペンションのオーナーとは小学校の同級生で、よく遊びました。しかも合うのは卒業以来で、ほぼ半世紀ぶりになります!!

SNSのお陰でお互いの近況はよく知っていたためか、すぐに懐かしい話に花が咲き、寝たのは2時を回っていました!!
おいしい料理と昔話につきあって頂きありがとうございました。また遊びに行きます(^.^)/~~~

令和元年9月7日(土)に寄席を行います

二つ目さんたちの噺を
もっと聞いてもらいたい!

「まち飛びフェスタ」や「神楽坂まつり」などを企画・運営している
(一般社団法人)神楽坂サポーターズさんが
神楽坂の飲食店で二つ目の落語会を定期的に実施することになりました。
【 神楽坂昇真寄席】https://www.facebook.com/events/403626570297418/

その第1回を当店で開催します。出演は、「古今亭志ん吉」さんです。
志ん吉さんは、神楽坂にゆかりのある 故古今亭志ん朝師匠 の流れを組む、今注目の若手噺家です。
【古今亭志ん吉プロフィール】http://rakugo-kyokai.jp/variety-entertainer/member_detail.php?uid=241

【詳細情報】
日時:2019年9月7日(土)16時開場、16時半開演
場所:八千代鮨https://yachiyo-sushi.com/
木戸銭:3,000円(ワンドリンク付)
お申し込みは電話にてお願いします。(03-3260-6389)

※今回のチケットは落語鑑賞のみになります。
終演後にお食事をご希望の方は、申込時にお席をご予約下さい。
お席に限りがあるため、早めの参加をお待ちいたしております。

ぜひ皆様のご参加をお待ちしております。

令和初の【新子】を仕入れました

いよいよ今季も始まりました。
6月中旬より新子の入荷が始まっていたようですが、現物を見たのは今シーズン初めてで、当店が豊洲市場で仕入れた初新子です。

まだ入荷量も少なく安定した入荷は無いと思いますので、ご希望の方はお電話を戴きましたら、お取り置き致します。(03ー3260ー6389)

今日の新子は静岡県舞阪産200gで134枚ありました。1貫で10枚付です。(2019.6.24)
皆様のお越しをお待ち致しております。

第2回いきな寄席を行いました

令和元年6月1日 第2回の「いきな寄席」を開催しました。おかげさまで今回も大入り満員となりました。本当にありがとうございました。
今回も台所おさん師匠に「初天神」「不動坊」「明烏」の3題を話して頂きました。
まだまだ不慣れな点も多々ありますが、皆様に楽しんで頂けたようです。
長く親しまれる落語会に育てていきたいと思っていますので、よろしくお願いいたします。

桂月を訪ねて(しまなみ海道・平和記念公園)

しまなみ海道

当初は東京からフェリーで四国入りする予定でしたが、船が満席で予約が取れず、空路で広島に降り立ち「しまなみ海道」経由で四国に渡りました。
往路は天気が悪く、瀬戸内の景色を十分に望めませんでしたが、復路は少しガスが掛かっていたものの好転に恵まれて、瀬戸内の景色と「しまなみ海道」の橋ばしを堪能してきました。

しまなみ海道は、風光明媚な瀬戸内の6つの島をまたぐ様に橋が架けられています。13年前に渡ったことがありましたが、当時は旅程がタイトだったのでゆっくり景色を眺めることができず、心残りでした。今回は1島・1橋ずつゆっくりと見物しながら渡りました。
しまなみ海道はサイクリストの聖地としても有名で、多くの人々が健脚を競っていました。当初は自転車で渡ることも考えていましたが、途中で宿が取れず断念しました。島々を巡ってみると意外と高低差もあり、普段から運動をしていない自分には車で渡って正解だったようです。

平和記念公園

原爆資料館には小学生の頃訪れたことがありました。およそ半世紀ぶりの再訪になります。

原爆資料館は長蛇の列で入館を断念したのですが、原爆ドーム前に居たボランティアの案内人の方の話を聞き、色々と無知であった事を知りました。
彼自身は戦後生まれですが、胎児被爆していて被爆者手帳を持っていました。先人から聞いたことや、自身の見聞きした事を話してくれて、色々と衝撃を受けました。爆心地にいた人が一人だけ生き残っていた事や、直後に来た台風で死の灰が洗い流されていた事。ABCCの事。アメリカでの原爆被害者のこと・・・知らなかったことばかりでした。
外国人観光客もたくさん訪れていましたが、今こそ日本人が実際の戦争体験を肌で体感し自信でどうするかを考えるべきであると感じました。
三陸でも感じたことですが、ナマの声を聴くことの大切さを痛感しました。

土佐の酒蔵「桂月」を訪ねてきました


令和最初のGWを利用して「桂月」を訪ねてきました。
当店は40年近くにわたり土佐酒造の日本酒「桂月」を使用しています。蔵へは13年ぶりの再訪になりました。
「桂月」は四国の中心にある早明浦ダムの近くにあります。南国土佐でも冬には雪が降る、酒造りに大変適した場所にあります。

時期的に酒の仕込みは終わっていますが、蔵の中やムロを見せていただきました。

土佐酒造のお酒は、地元の契約農家さんが無農薬で丹精込めて作った酒米を全量使っています。田植え前の時期でしたが、その棚田も見せていただきました。

お酒の名前由来にもなっている明治の歌人「大町桂月」の資料館が併設されています。この建物は昔の蔵を利用しています。

酒蔵の見学後、桂浜に向かいました。桂浜では龍馬がお出迎えをしてくれました。桂浜では桂月の試飲会が行われていました。土佐に来たら「カツオのたたきでしょ!」ていうことで、ちょうどお昼時だったのでいただきました。

ハンドルを握っているので試飲は出来ず、挨拶だけして後ろ髪を引かれながら高知城に向かいました。「ひろめ市場」にも立ち寄りましたが、GWということもありものすごい人出で、食べるのはあきらめました。

棚田はとても素晴らしい景色ですが、1枚1枚の田圃は小さく形も不規則で、沢山の人手が必要で有り、作業の大変さが想像されます。このような土地で酒米を作ることにより、若者の農業就業希望者が増えているとのことでした。
また、地元の農家さんが丹精込めて作った酒米を、地元の杜氏さんが厳しい温度管理をして丹精込めておいしい酒にしていることがわかりました。今までの酒造りを守りながら、新しい酒造りに挑戦していることも伺いました。楽しみにしています。
今度は棚田に田植えが終わった時期に来てみたいと思いました。

第1回 いきな寄席を開催しました

平成31年2月23日に当店において初となる落語会を開催しました。多数のご来場ありがとうございました。
予報では雨模様とのことでしたが、当日は好天に恵まれ暖かで穏やかな天候になりました。これも皆様の日頃の行いと感謝しております。
細く長く育てて行きたいと思っています。次回以降もよろしくお願いします。

まくらをお届けします
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