八千代鮨

八千代鮨は昭和32年に創業しました 神楽坂本多横丁で頑固に江戸の味を守っています

TEL.03-3260-6389

〒162-0825 東京都新宿区神楽坂3-1

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新子情報(R4.7.14)

豊洲市場の休市明けで少し高めでしたが、天草産を400g仕入れました。

5枚付で20貫程度になります。
ぜひ、お待ちしておりますm(_ _)m

新子情報(R4.7.11)

本日は入荷が少ないみたいで、少し高めでした。なので少しだけ仕入てきました。

R4.7.11の新子です

天草産200gで63枚、大小あったので、5〜10枚付で11貫になりました。

新子情報(R4.7.8)

今シーズン初めての新子を仕入れました

天草産400gで206枚ありました。1貫8~10枚付けになると思います。
連絡をいただけましたら、お取り置きも出来ますので この機会にぜひどうぞm(__)m

備忘録(ふぐ免許)

始まりは4月の某日、緊急事態宣言が出て暇になり、休業日を水曜日に変更して休み時間無しで12時~20時迄の営業に体が慣れず、連日YouTubeを観るのが楽しみになっていたある日のことでした。
弊社の仕入兼仕込担当部長が突然「俺、ふぐの免許を取ってみようかな?」と言い出したのが切っ掛けでした。自分は、どうせ暇だし「やってみれば」と答えたように記憶しています。実は自分も同じ歳の頃、ふぐ免許を取ろうと思ったことがありました。教材はそろえたのですが、実技の練習は断念しました。

ふぐ免許を取得するには学科も必要ですが実技が重要になります。道具も一揃えしなければならず、毎週の実技講習会に参加するのも必須です。また、毎日のように練習用のふぐをおろして、市場の除毒所に持ち込み処理費用を支払う必要がありました。
この教材費が結構な額になります。一説には「100本おろさないと合格しない」と言われているそうです。また、「ふぐの免許は自動車免許と同じぐらいの費用が掛かるよ」と途中になって仲買人に聞かされました。もし初めに聞いていたら自粛で暇な時期でもあり躊躇していたかもしれません。

最初の頃は1本/日のペースで練習していましたが、試験日が近くなると講習会で先生に脅されたようで、3本/日にペースアップしました。仕込み前・ランチ終わり・閉店後と焦りながら練習していました。どうしても「制限時間内に規定がクリアできない」と言ってました。5分足りない様です。
実技試験には制限時間があって、時間内に内臓の部位を切り分け、可食部と毒を正確に分別する必要があります。また、皮を引き刺身を盛りつけるなど規定が決まっています。

この度 試験に合格しましたが、このあと都知事に申請して免許の交付を受け、その後保健所に申請して施設の使用許可を出して頂く必要があるそうです。
もう少しお待ち下さい。

令和2年11月 本多横丁 八千代鮨

備忘録(GoToEatポイント事業狂想曲)

GoToEatポイント還元事業については、うちの様な小さな店は関係ないと思い、当初は参加しないと思っていました。
9月某日、弊社最高経営会議で副社長と仕入担当部長から「やらないの?」との疑問が出て、「まあ、やるだけならタダか」と思い、当初から契約している予約サイト2件に申請をしました。因みに当店の従業員は自分も含めたこの3名で全員です。

10月第2週になるとチラホラと予約が入るようになりました。もともと当店はオンラインで予約が入ることが少ない事もあったので、1件入る度に大喜びしていました。
そうしていると、ちょっと気になる事が2点出て来ました。
1.予約時間を過ぎてもお客様がお越しにならない
2.予約サイトAばかり予約が入り、Bは一切入って来ない

1.に付いては以前から実害が出ていました。原因は近隣に似た名前の飲食店がある事と思われます。HPなどで「うちは違います!」と告知するのも野暮だと思い、またそれ程多くないオンライン予約なので致命傷には至らず、放置してきました。それと、経験的に危ないと感じた場合は電話やメールで個別に対処して来ました。
しかし今回の場合はランチの予約が多く、15分遅れただけでも予約無しでご来店される常連さんをお断りする事となり、Wの損害が出ました。
そこで対策として予約確認のメールに「場所を確認してからご来店下さい」旨の一文を表示するようにしたところ、ドタキャン騒動は収束しました。ただ、メールを読まないと思われる方も若干いらっしゃいましたが^^;
2.についても苦労しました。予約サイト自体のシェアの問題なのか、登録内容に誤りがあるのか、または予約システム自体に問題があるのか...
結果的には全てが複合的に絡んでいたようでした。登録内容に若干の間違いはありましたが、検索時に全く表示されないのはシステムの誤りだったようです。またシステム的な不具合が解消してからも、AとBの予約比率は5:1程度でした。予約サイトとのやりとりで、この問題が解決するのに10月末までかかりました。

そうこうしているうちに、10月3週目になるとありがたい事にランチタイムは予約だけで満席となる日も出始めました。そんなこんなでアタフタとしていましたが、予約の枠は1時間なのに対して、平日のお客様の食事時間はお出ししてから大体15分、入店してからも30分以内が大半でした。そのため予約で満席でもスキマ時間が出来る事が分かり、予約無しで来店される常連さんをお断りしなくて済むようになりました。ただし、土曜日のお客様は滞在時間が長くなるので注意が必要でした。
そのための対策としては、通常は仕入担当部長(息子)と2人で河岸に行っていましたが、どちらか1人で行くようにしました。帰り道の渋滞で遅れてしまった場合のリスクを回避し、1時間早く開店準備をするためです。また、予約時に注文が決まっている分のネタの切り付けは予め準備しました。しかし、握るのだけはお客様が来店してからにしました。これは2つの意味があります。握りたてをお客様に提供するのと、ドタキャンでのダメージを最小限するためです。

さらに11月に入ると付与されたポイントをごご利用なさるお客様が増えてきて、レジがパニックになりました。ポイント・地域共通券(紙・デジタル)・現金・カード・PayPay・・・今までに経験が無い組み合わせの会計が副社長(妻)を襲いました。これについては、カレンダーシェアアプリに来店情報を登録し、みんなで情報を共有することで、だいぶ負担を軽減することが出来たと思います。
アプリに予約情報を登録する作業は社長である自分が担当しました。ランチの予約は朝9時迄受け付けていました。本来ならば来店直前まで予約を受け付けた方がお客様にとっては利便性が高いのですが、うちのような小さな店だと、仕込みが始まってしまうと入った予約の確認が出来ず、ダブルブッキングをしてしまう可能性があるので締め切り時間を設けました。
大方の予約は前日までに入っているので、ダブルブッキングを防ぐために寝る前に予約サイト双方の予約を調整して、アプリに入力するのが日課となりました。当日は仕込み前に情報が確定し、1日が始まります。副社長はこの情報を自分が見やすいように手書きしてレジに張り、仕込担当部長(これも息子です)にも1部手渡していました。

以前は当店のランチはそれほど忙しく無かったのですが、1ヶ月ほど慌ただしい日々を送っていたある日、今まで以上に予約が入ってきました。正直、恐怖を覚えるぐらいの量でした。しかも、昨日までとは傾向が違いました。今までは来店日直前の予約が大半だったのですが、中には来年1月の予約まであるのです。仕事が終わってニュースを見て理由がわかりました。ポイント事業の予算が当初の計画より早く終了する旨の報道があったのでした。そのため駆け込みで予約されたようです。予約サイトの処理もパンクしたようで、金曜日の夜に始まった駆け込み予約が落ち着いたのは日曜日いっぱい掛かりました。また、月曜からは「予約サイトが止まってしまった?」と思われるぐらい予約が入らなくなりました。

GoToEatポイント事業の総括です。
・予約の大半はランチの1人客、2人客は3割、3人以上は1割程度。
・夜のご予約も1割程度でした。
・常連さんは、ほぼ利用無しでした。
あくまでも当店の場合ですが、近隣で仕事しているお客様が毎日の昼食で利用するケースが大半だったように思います。また、常連さんは昼・夜とも利用が少なかったのは「店に迷惑が掛かるのでは?」と思っていたからだったようです。「税金を使った事業なので店の負担は無い」と説明すると「面倒だからいい!」と言われました。
参加した飲食店が少なかったこともプラスになったと思います。個人店で予約サイトを利用している店は元々少なく、また、コロナ禍で予約サイト利用料の負担も重く「やめてしまった」という話も聞きました。金銭的・事務的な負担も大きくなるので仲間の店にも薦めづらい状況でした。
この事業を切っ掛けに初めて来店されたお客様も沢山いました。当店の感染対策を褒めて頂いたことは本当に嬉しく思いました。特に「マスクケース」の配布は大変喜んで頂きました。今はビニール製のケースを使っていますが、紙製のケースにすれば飲食中の会話時に口元を隠すのにも使えて一石二鳥だと思いました。

それでも先週からは、獲得したポイントを利用したリピーターの予約が入り始めました。これからはGoToを切っ掛けに来店頂いたお客様が「また食べに行きたい」と思って頂けることを願っています。

令和2年11月22日 店主

石垣貝も始まりました(R2.7.27)

石垣貝は正式名称をエゾイシカゲカイと言います。

岩手県陸前高田の広田湾から本日より入荷が始まりました。

今年の貝は少し小ぶりですが、にぎりに丁度良いサイズで甘みも強く肉厚です。
ぜひどうぞ。

新イカの季節も始まりました(R2.7.27)

本日より新イカの入荷も始まりました。

新イカとはスミイカの赤ちゃんです。今日の大きさだと2杯で1貫になります。
ぜひどうぞ!

令和2年の新子の季節が始まりました

突然ですが、本日より新子の入荷が始まりました。
舞阪(静岡)産は例年通り高価な初値がつきましたが、天草(熊本)産は初値にしては手の届く範囲の競値だったので仕入れてきました。

500gで146枚あり、一貫5枚付けになります。

例年梅雨の終わり頃は九州地方が豪雨となり、しばらくの間は入荷が不安定になることが予想されます。
新子のサイズは仕入れる毎に大きくなって行きますが、お盆休み頃まで楽しむことが出来ます。
ご予約頂けましたらお取り置きいたしますので、ぜひ今年もお楽しみ下さい。

令和2年6月25日

コンピュータとの出会い

自分は昔から秋葉原のガード下の雑然とした店の佇まいが大好きでした。何に使うか分からない電気部品を売る小さな店が所狭しと並ぶ光景も、またそこの匂いも大好きで、石丸電気でレコードを買うたびに用も無くそこを通って行き帰りしていました。当時、中学生でカーペンターズのファンでした。
ある時、ダイオードラジオのキットを目にして、中学生でも買える金額だったので半田ゴテと一緒に買って帰りました。組み立てると大好きな匂いは半田のヤニが焦げた匂いだったことが分かりました。
残念ながらこのラジオは感度もチューニングもいい加減だったので、まともに使えるものではありませんでした。しかし電池を使わないのにガサガサとした音が聴こえ、遥か宇宙からの電波を受信しているような気持ちになり、ワクワクしました。それからトランジスタラジオのキットを買ったりして、抵抗器のカラーコードも読めるようになりました。
また、時同じくしてスペースインベーダーが大ヒットして、うちの若い衆と毎日のように喫茶店に通い詰めました。

高校生になったある日、なぜだか経緯はわからないのですが、店のお客様の新婚の里帰りに広島まで一緒に付いて行く事になりました。新婚夫婦と全く他人の高校生が新幹線に乗って、全く知らないお宅に2〜3泊すると言う何とも奇妙な体験ですが、察しの悪い高校生でも場違いなのは理解していました。
そこでその高校生はキオスクに飛び込み、一番難しそうな本を2〜3冊買いました。時間を潰す対策にと無い知恵を絞った結果です。そのうちの1冊が人生を変えるきっかけになりました。マイクロコンピュータについて書かれた本で、TK−80と言うマイコンキットの宣伝のような内容でした。
すぐに「マイコンが欲しい!」とのめり込みましたが、高校生には大変高価なものでした。89,500円!今でも覚えています。しかも組み立てキットで自分で半田付けしなくてはならないハイリスクなものでした。おまけに電源やケースは別売りで10万円以上の出費を覚悟しなくてはならず、バイト禁止の高校生には月々の小遣いとお年玉をコツコツと貯めるしか方法がありませんでした。

1年ぐらい軍資金を蓄えていた時、嬉しいニュースが飛び込んできました。TK−80Eと言う廉価版の発売が決まったのです。発売元は新日本電気、今のNECだったのですが、予想以上の反響があったため、セラミックパッケージだったCPUやメモリーをプラパッケージに変更して67,000円に価格を抑えたキットを発売したのです。これでも清水の舞台ですが、飛び降りても死なないぐらいの価格になったので直ぐに飛び付きました。
因みに、TKはTraining kitの略で、80はi8080と言うCPUを使っていた事の略、EはEconomy版と言うことでした。つまり8bitCPUを使ったコンピュータの練習機という意味でした。当時のNECは電子部品を販売する方法を模索していて、簡単なコンピュータキットを広く一般販売してユーザーの反応を知るためにこのキットを売ることにしたと後に聞きました。
このコンピュータは奇跡的に何のトラブルも無く無事完成させることが出来ました。このマシンは電卓のような8桁のLEDに文字や数字を表示するか、ちょっと改造をしてスピーカーを繋ぎ、ビープ音と呼ばれる単純な音を鳴らす程度の事しか出来ませんでした。しかし、見聞きすること全てが今まで経験したことが無く貪欲に情報を集めました。

雑誌などのサンプルプログラムを徹夜で16進キーボードで打ち込んだりしました。楽譜を16進数に変換して数日かけて打ち込み、山口百恵のコスモスの自動演奏を完成させました。得意になって母親に聞かせた感想が「通りゃんせ?」でした。確かに交差点の目の不自由な方のために鳴らしている音によく似たチープな音でした。しかしその後しばらくの間、親とは口をききませんでした!
当時、秋葉原のBit-inと言う日電のコンピュータショップが一番の情報源でした。このショップが入る秋葉原駅前にあるビルには時間を見つけては通いました。このショップの隣にはAPPLE-Ⅱと言うコンピュータのデモ機を展示していました。このマシンは、テレビ画面を繋いでゲームセンターにあるようなゲームを実演していました。当時としては画期的なマシンでしたが、40万円ぐらいしたと記憶しています。これは今のMacの先祖に当たるマシンです。因みにTK-80はその後PC-9801として日本で爆発的に売れたマシンの先祖になります。

自分は理系の大学への進学を希望していましたが、親は家業を継がせるために経営学を学ばせたい思いでした。そのため文系大学へ進学することになりましたが、ささやかな抵抗で電算機実習のある学部を選びました。しかしこの電算機実習は自分が思い描いていたものとは違いました。当然ですが、文系大学なので自分が興味のあるハードの知識よりも、ソフトの初歩の初歩を習うだけだったのです。その間、金欠学生は友人から色々なマシンを譲り受けましたが、あまり進展は無く部活にのめり込みました。そのため卒業はしたものの、親が希望した経営学の知識は残念ながら記憶に残っていません。時効だと思うので白状すると、机に覚えて貰ったので試験では最低限の答案を提出できました。

しかし転機が訪れたのは、部活の先輩がとあるソフトハウスに就職していて、自分がコンピュータに興味があることを知っていたので引っ張ってくれたことでした。就活せずに家業を継ぐつもりでいましたが、親に直訴してこの会社に就職しました。
しかし、またしても自分の思い描いていたものとは違っていました。パソコンと大型汎用コンピュータは50ccのバイクと大型トレーラの違いのようなものでした。パソコンは一人で何でも作りますが、会社で行うソフト開発は多くの期間と大勢の人で作り、一度に大量のデータを処理するため少しのエラーが命取りになります。スペースインベーダのようなものを開発すると思い就職しましたが、全く違う会社であることは直ぐに理解しました。しかしこちらは嬉しい誤算で、当時の最先端の技術を使った大型コンピュータを直に使えました。

パソコンの世界でも日進月歩で進化していきました。自分で新品パソコンを初めて購入したのはエプソンのPC-286と言うマシンで、当時の大ヒット機NEC PC-9801の互換機でした。80286と言う16bitのCPUを搭載していましたが、Windows3.1を動作させるには32bitのCPUが必要なため、CPUをi486に載せ替えてメモリも2Mバイト増設しました。
この頃のパソコンが一番楽しかったと思います。手をかけると目に見えて早くなり、自分で作ると既製品の半額程度で作れました。当時は飽くまでも趣味の道具で、動かなくなっても誰も困りませんでした。しかし今は生活必需品となり動かなくなると家族中に迷惑が掛かり、仕事にも支障を来します。自動車に似ています。昔は慣らし運転を上手にしたり、手を掛けると目に見えて早くなりました。今では慣らしの必要も無く、コンピュータ制御で素人は触れなくなってしまいました。こちらも趣味の道具では無くなってしまったように思います。

ダラダラと昔の記憶を書き連ねましたが、コロナ騒ぎで暇な時間が多くキラキラとした昔の記憶が蘇り、皆様の暇つぶしになればと思い書き残しました。長文・乱文・ミスタイプ等、失礼いたしました。

癒やし

今日数年ぶりに街の床屋さんに行きました。そこで感じたことを書き残します。少し長文となります。ご容赦下さい。この時期なのでコロナネタもありますが、少し違うことを感じました。
このご時世で床屋に行くのも少しためらいがありました。「あと1~2週間は我慢できるかな?」という気もしました。しかし数週間で状況が好転するとも思えないので、今行く方がベストじゃ無いかと思ったのです。

ここ数年、散髪は格安店に行ってました。安い・早いに魅力を感じたからと言うのもありますが、他にもいくつか理由がありました。
朝風呂に入るので、床屋で洗髪するのが無駄に感じていました。
また、顔剃りも幼稚園の頃、切れたことがあり軽いトラウマになっていました。
しかし直接の理由は、予約して数時間待って散髪に1時間位かかるので時間が取れないことがあり、試しに格安店に入ったのが切っ掛けでした。自分は床屋を変えるのに抵抗があるのですが、洗髪や顔剃りが無くても意外と違和感が無かったので、格安店に通うようになった次第です。

今日行った床屋さんは、以前に通っていたお店です。まだ営業しているか不安でしたが、予約の電話をすると聞き覚えのある声がしました。何時から空いているかを確認すると「この時期なのでいつでもどうぞ!」とも事でした。このお店も感染対策で同一時間帯は1人限定で営業しているとのことでしたが、今日は予約が入っていないとのことです。すぐに伺いますと言って急いで向かいました。

以前このお店はイスが5つ位ある中型店でメイン通りに面した立地でした。店には賞状や盾がたくさん並んでいる繁盛店でした。予約は受け付けて無く、待合室はいつも満席で、もちろんカットする席も満席でした。みんな待合室で漫画などを読みながら1~2時間待っていました。しかしこの店は10年ぐらい前に住宅街に引っ越しイスが2席の小さな街の床屋さんになりました。

少し緊張しながら席に座りお頭を刈ってもらうと、すぐに懐かしい音が聞こえました。店には小さい音量でクラシックが流れていますが、ハサミの音が心地よいのです。格安店と何が違うのか分かりませんが、このハサミの音はこのご主人特有のものなのか癒やされるのです。色々違いを考えたのですが、格安のお店はハサミの音がせわしないのです。また、バリカンを多用するのでモーター音がしていることが多いのかもしれません。刈り方も格安店は1度切ったところはもう切りませんが、ご主人は全体をチェックしながら左右に移動しながらバランスを整えているようです。

一通り切り終わるとちょいと苦手にしていた洗髪です。しかし、優しい指使いで頭皮をマッサージしながら洗髪してくれます。次はもう一つの苦手な顔剃りです。これも剃り終わったあとに化粧水をつけるのも顔のみならず、顔面から頭皮・首や肩までマッサージをしていきます。苦手なことばかり書きましたが、床屋さんのマッサージは大好きでした。追加料金でも延長してもらいたいぐらいです。数年前と同じ手順で一連の儀式が行われていきます。
儀式という表現をしたのも、このお店特有の所作があります。今でも一番不思議なのが顔剃りのあと、たぶんアルコールと思われるガーゼを顔にかけます。必殺仕事人で濡れ手拭いを顔にかけて暗殺する場面を見たことがありました。これを連想して「儀式」と言ってます。
一連の手順が以前と全く同じ所作で進行していきましたが、長い間来なかった間に新しい儀式が追加されていました。最後に耳掃除をしてくれるようになったようです。こちらも儀式という表現をしたのは、同じく必殺仕事人で耳に畳の縫い針を刺して暗殺するシーンを連想してしまったためです。これは突然の儀式で戸惑ってしまい良く覚えていませんが、とても癒やされました。
苦手にしていた所作も毛髪や頭皮に必要な作業なのでしょう。

このお店は格安のヘアーサロンが出てくる遙か前に今の場所に移ってきました。今から思うと、行くごとにお客さんが少なくなってきたのを感じていました。最後の頃はほとんど待ち時間なく頭を刈ってもらえました。しかし、今のお店になるとご主人が1人になり、予約制になったので中々時間が合わないことが出てきました。

久しぶりにご主人に散髪してもらい、早い・安いの代償で癒やしも無くなっていたことに気がつきました。ひと月に1度のことで、この癒やしの時間も切り捨てていました。癒やしの代償としての数千円を高いと思うか安いと思うかは人それぞれだと思いますが、自分の仕事も同じだと思わされました。
もちろん自分の店も衛生管理を今まで以上に注意して営業を続けています。営業を続けるか、休業するかは今でも悩んでいます。お客様にも家族にもリスクがあるのは承知しています。
今の時期、気持ちが荒んでくる方も多いと思います。うちの店を選んでご来店頂いたお客様にはこの癒やしも提供していこうと思わされました。

帰り際にご主人から「今回初めてですか?」と問いかけられました。自分も握っているうちに「あれ?この人初めてじゃ無い!」と気づくことがあります。顔を覚えて無くでも、注文の癖で以前の記憶が蘇ることが多々あります。おそらくご主人も、髪の癖などで以前来ていたことが分かったのかもしれません。

長文・乱文・誤字・タイプミス失礼いたしました。

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